2018年01月18日

祖母

私が小学生のころ、祖母は北九州に住んでいた。とても急坂の上に自宅があり、行きはちょっとしたアトラクションに乗っているようだった。夏休みには従姉妹達が祖母の家に集まり、祖母は私たちの班長になってテキパキとよく面倒を見てくれた。その後、宗像市で一人暮らしを始め、自然と会いに行く回数が増えた。私が社会人になると車で迎えに行ってはランチや買い物へよく出かけた。二人で話した家族・恋愛・仕事についての話題は尽きることなく、祖母はいつも豪快に笑い楽しそうだった。また、祖母は料理が上手で、作り方を教わったりもした。


ちょうどその頃、祖母の面白エピソードがある。高齢者を狙った犯罪に敏感になっていたため、銀行への問い合わせの電話で、相手に住所を聞かれても「それは答えられません」と真面目に答えたという。私達に「答えなかったよ」と自慢げに話をしていた。


独り暮らしも何年か経った頃、いつも片付いていた祖母の部屋は汚れが目立つようになり、真直ぐだった背筋も丸くなって誰かの手を借りなければ歩けなくなった。しばらくして祖母は施設へ入所した。それまで一人で頑張っていたため、張りつめていた緊張感は緩み、身体が弱くなったなと感じる事が多かった。


祖母が亡くなってもうすぐ一年になる。でもなぜか「おばあちゃん、来たよー」とまた会いに行けそうな気がしている。

きっと今頃、祖母の自慢だった旦那様(祖父)と甘いお菓子を沢山食べながら、会話を楽しんでいることだろうと思う。


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posted by 福岡聖恵病院 at 08:00 | めぐみだより