2019年08月19日

「フラリーマン日記 episode.21(そして、少年は大人になる編)」

最近、『銀河鉄道999』に大ハマリの次男。

キッカケは保育園の行事で、ゴダイゴの銀河鉄道999を他の園児達と楽器を使って演奏した事なのですが、そこから999に興味を持ち始め、現在では好みというより信仰の様になってきています(笑)

TV版、映画版は全てDVD視聴済、単行本(全18巻)を日課の様に読み、落書き帳に999の機関車やキャラクターを毎日描いています。

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先週はスーパーで999のカレーを偶然見つけ、お父さんへのマッサージと引き換えに購入(結局、マッサージしてませんが)。中辛が未だ苦手なのに、中辛しかない999カレーを購入し、食べるのを楽しみにしています(笑)


先日の事、夜空を見上げていた次男が「あの雲、999の煙みたい」とか「アンドロメダって本当にあるんだろうか?」「宇宙の向こうって何があるのかな?」等と独り言ちていました。

普段はトリッキーで生意気な次男ですが、この時は大人が忘れた夢や希望を見る少年?といった風で可愛らしかったです。


最近では思い出の全てが幻影の様に感じているお父さんも、かつてそんな夢を見る時代がありました・・・。あれから幾星霜、今では宝くじ当たれ!とか懸賞当たれ!等の高次元の夢を見る物欲の塊に見事成長しました。

見る夢の変化もさることながら、加齢とともに周囲の会話もいつの間にか変化してきていて、健康に関する話題が増えてきました。皆さん、健康維持の為に運動されたり、サプリを飲まれたりと色々とされておられる様です。私も50過ぎたら、現状維持を目標に何かやろうと思います(笑)


さて、銀河鉄道999は、機械の体(永遠の生)に憧れるものの、機械の体を買えない主人公の星野鉄郎少年が、機械の体をタダでくれるという星に行く為、999に乗ってメーテルと宇宙を旅するストーリーです。


999を今になって見ると、人間とは何か、何のために生きているのかを、考えさせられてしまうというか・・・人間ドラマを見る様な感で見てしまいます。


私は兄を事故で亡くしました。もし機械の体であったならば、そんな事は無かった事でしょう。無情の悲しみも無く、便利でその気になれば永遠の生を手にする機械の体は、ある意味理想です。

ですが、自分が機械の体になるかと勧められると、タダでも多分ならないでしょうね。人格はあっても、そこに魂は無いというか・・・私の場合は体というより、人格を移植したロボットになるイメージが強いです。

機械の体になって「ただいま〜」って家に帰っても、妻が2度と充電してくれずに、そのまま停止してしまい、やがて燃えないゴミに出される危険もあります。


ちなみにですが、機械の体だと例えば関節の調子が悪いと思ったら、5−56でも吹いておけばいいんですかね〜?

少なくともジムに行ったりサプリを飲んだりといったメンテは不要になり、通院や入院もなく、部品が故障・劣化したら工場で部品交換するだけで済みますね(やっぱり便利かも笑)


夏の青空の下、そんな妄想を巡らしている父の側で、明日への乗車券に夢と希望を乗せている次男が、今日も999フェチ度合いを深めています(笑)

【了】

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posted by 福岡聖恵病院 at 17:09 | めぐみだより