2020年06月17日

お食い初め

こんにちは。緊急事態宣言は解除されましたが、まだまだ気を緩めず感染防止に努めていかなければと思う今日この頃です。


先日、長女の百日祝いでお食い初めを行いました。鯛を買ってきて、奥さんとお義母さんに料理をお願いして、私は子守りを担当。長女は新品の洋服に着替えて準備は万端。料理も綺麗に出来上がっており、さあ今からお食い初め開始です。インターネットで順番が書いてあったのでその通りにやっていると、鯛の時だけ「パクッ」と反応。魚好きなところは次男と似ているのかな。


今もすくすくと育っており、この前は首がすわる前に寝返りをしていてビックリ( ゚Д゚) これからもどんどん大きくなっていくんだろうな。相手の立場に立って、考え、思いやりのもてる子に育っていってくださいね。


以上、私事ですが、日常の些細な報告でした。


yjimage33.jpg  yjimage11.jpg

拍手する
posted by 福岡聖恵病院 at 08:00 | めぐみだより

2020年06月16日

5病棟応援歌

5病棟には、知る人ぞ知る応援歌が2つあります。どちらも替え歌ですが、入院中の患者様の心を元気づける歌です。ひとつは、「いざゆけ 若鷹軍団」の替え歌です。

題名は『いざ行け5病棟ワンチーム』、早速、1番の歌詞をご紹介します。


“聖恵病院の5病棟 みんな仲良くここにあり 家族と離れ辛い時 励まし合って元気になろう(ソレ!) いざ行け やさしい病棟仲間 いざ行け 頼れる病棟スタッフ われらは われらは 5病棟ワンチーム”

・・・「歌声サークル」という5病棟のサークル活動の中で、患者様が「ソフトバンクの応援歌を替え歌にして、自分たちの応援歌にしたい。」と言われ、歌詞をみんなで考えてできたものです。この歌を歌う時は、特に歌声に力がこもり、盛り上がります。


もうひとつは、「高校3年生」の替え歌です。最近、できました。

題名は『みんな 仲間』、1番の歌詞をご紹介します。


“聖恵5病棟 みんな仲間 ホールに集まり 歌う声 あ〜あ やさしい仲間たち ぼくら こころ寂しくなろうとも 励まし合うのさ この歌で“


みんなで歌えば、心はひとつになります。コロナウイルスの感染予防のため、家族との面会ができず、ふと、心が沈みそうになるこの頃ですが、歌ってワンチーム!毎週木曜日、16時から心通わせ、みんなで楽しく歌っています。


yjimage9.jpg

拍手する
posted by 福岡聖恵病院 at 08:00 | めぐみだより

2020年06月15日

おうちで簡単ピザ

我が家では、ホットプレートが大活躍中です。

お好み焼き、焼きカレーうどん、餃子、ホットケーキ等。最近では、ピザも焼いています。

ピザ生地は、いくつかのレシピを試した結果、発酵時間も殆んどなく簡単なレシピにたどり着きました。

!cid_01@200610_064841.jpg

下の材料(3枚分)を混ぜてこねて、3等分にしたらラップに包んで15分待ちます。

!cid_02@200610_064841.jpg

ラップから出して打粉の上でうすく伸ばします。


あとはホットプレートにのせてお好みの具材をトッピング。ふたをして、チーズがとろけたら出来上がり♡

!cid_03@200610_064841.jpg

とても簡単なので、おうち時間にお勧めですよ〜(^v^)

拍手する
posted by 福岡聖恵病院 at 08:00 | めぐみだより

2020年06月12日

ビビンバ

皆様こんにちは、食事療養室です。

夏メニューのサイクルになりました☆彡


今週のメニューのビビンバを紹介いたします。

6月11日 メニュー

・ビビンバ

・ブロッコリーの胡麻和え

・卵の中華風スープ

・杏仁豆腐

・牛乳


当院のビビンバは、ナムルがポイントです。

ほうれん草と、もやしのナムルを作ります。

ゴマ油は必ず最後に回しかけます。(食事療養’s point☆)  

 写真.JPG  

ビビンパは、韓国語で混ぜご飯という意味です。

ビビン→混ぜる

()→ごはん


ノム マシソッソヨ〜〜〜

(とても美味しかったです。)

拍手する
posted by 福岡聖恵病院 at 08:00 | めぐみだより

2020年06月11日

「フラリーマン日記 episode.31(陸上部 編)

今は昔、私が小学校時代の事です(昔過ぎて恐縮です笑)。

クラスでは1番、学年でも1〜2番の足の速さと短さを誇った私、クラス対抗リレー等ではよくアンカーを努め、足には人後に落ちない自信を持っていました(速さの方です念為)。


中学校に上り、迷わず陸上部に入部し、これまた迷わず短距離の選手を志願しました。私の通っていた中学校は偶然にも陸上部が強く、校内屈指の部員数を抱え、県大会出場は当たり前の選手(現在は分かりませんが、福岡市大会の上位3人までが県大会に出場出来ていました)が何人もいました(当時の我が陸上部には強い選手がなぜか集まっており、内輪ではその頃を○○中陸上部ゴールデン時代と呼んでいます笑)。

ブログ用2.jpg

やがて夏が近づき、中体連(市大会)にでる選手選考の時期がきました、100m走の選手に選ばれるのは学年につき1人です。


当時、同じ陸上部の1年生で唯一、私が勝てない選手がいました。

彼のスタートは芸術品といえるレベルで、いつも好スタートをきり、彼と走り出すと少しずつ追い付いていくのですが、いつもキャッチアップ寸前で負けてしまいます。


才能も無いクセに走りでは負けず嫌いだった私は彼に勝ちたい一心で、朝練と部活終了後も自主練を重ねました。それを知っていた親も、スタートの練習を手伝ってくれたり、朝早く起きて朝食を作ってくれたりしました。


そして選考日、やはり1年生は私と彼の対決となりました。


リザルトはというと・・・寸の差で彼の勝ち、私はまたしても勝つことが出来ませんでした。


競技終了後、彼から「今日は負けるかと思ったよ、フラリーマン君がいたから俺も頑張れた、また一緒に走りたい」と告げられました(青春右矢印2)。

しかし、家を引っ越すので転校する事が決まっていた私は、暫くは一緒に練習できるものの、次回の大会出場を決める選手選考には一緒に走れない事を彼に伝えました。彼がとても残念そうにしていたのを今でも覚えています。


家に帰り、親から「どうだった?」と聞かれ、負けた悔しさと一生懸命手伝ってくれた親への申し訳なさから泣いてしまいました(青春右矢印2)。


転校の日、陸上部の顧問だった先生に呼ばれ、職員室へ行くと「よく頑張ったな。大会には出られなかったが、陸上以外でもこの経験はフラリーマン君の人生にとって絶対役に立つよ」と言って下さいました(照)。


あれから36年あまり。あの時の経験が人生の役に立っているかは現在まで不明ですが(笑)、当時、彼に勝つという目標が無ければ、あの努力をしなかったかもしれないと思っています。


以上を踏まえて「目標値を持たないとヤル気が奪われる!」という話をサッカー少年の長男にしたら、傍で聞いていた妻から「偉そうに!」と言われて息が出来ない程くすぐられました(あの時の経験は本当に役立つ時がくるのでしょうか?笑)。


追記:ライバルだった彼は大学卒業後、東京に就職し現在は海外赴任をしています。社会人となり、お互い家庭を持ってからは中々会えていませんが、今でも電話やフェイスブック等で交流しています。

今では私にとって、かけがえのない畏友です。 【了】


ブログ用.jpg

拍手する
posted by 福岡聖恵病院 at 08:38 | めぐみだより